2017年11月11日
シンスユー本部ブログ41発目「私は貝になりたい」

今年で72回目の終戦記念日を向かえる。

負ける戦争へ日本は何故突入していったのか。

戦争映画で…『私は貝になりたい』という映画があります。
この映画のラストシーンは大変衝撃的です。

昭和19年…第二次世界大戦中。
主人公の清水豊松(中居正広)は、理髪店を営んでおり、気が弱い人間ではありましたが大変真面目で優しい男でした。

いよいよ戦争も激戦化し、日本も最終局面を向かえようとしています。
豊松(中居)にも赤紙(出兵命令書)が届きました。

豊松(中居)は、町の住人や愛する家族に送り出され訓練所へと向かいます。
配属になった訓練所では厳しい上官の元、出兵の日待ちました。

ある日、アメリカ軍のB-29が山中に降下。
墜落現場でアメリカ兵を発見。
上官はアメリカ兵を殺害せよ!と豊松に命令します。

アメリカ兵はすでに墜落の衝撃で死にかけていました。

豊松(中居)は、アメリカ兵を前に何度も上官に刺せと命令されますが…
豊松(中居)は、とうとう…腕を少しかすめる抵当の怪我を負わせる事しか出来ませんでした。

その後…日本は終戦を向かえ、豊松(中居)は無事、大切な家族の元に帰ることが出来ました。

豊松(中居)と妻が営む理髪店も少しずつ軌道に乗り始めます。
豊松(中居)は、二人の子供と愛する妻と幸せの絶頂を向かえます。
そんなある日、豊松(中居)の理髪店に殊警察が訪ねて来ました。
豊松は連行され、その後逮捕されます。

罪名は、アメリカ兵を殺害したとしての殺人罪です。
裁判が始まると死刑でも当たり前なはずの上官など…25年の労働刑などで済む戦犯もいました…
豊松の裁判では上官や同僚の証言から、裁判員から死刑が言い渡されます。
豊松(中居)は上官の命令で腕をかすめた程度の犯罪で、理不尽にも死刑を言い渡されてしまったのです。
そんな中、豊松(中居)の奥さんは諦めませんでした。
親類や町の住人の協力の元、豊松(中居)の無実を訴え始め署名を集めだしたのです。

やがて署名は何百~…何千と集まりました。

刑務所の中での、規律正しい豊松(中居)の真面目で優しい人柄が…
元上官やアメリカ兵達との友情や信頼関係を生み出し始めたのでした。

署名も集まりだし、豊松(中居)も減刑を申しでるなど裁判のやり直しを求めました。
豊松(中居)にも希望の光が見えて来ました。

そんなある日のこと…
豊松の独房にアメリカ兵がやって来ます。

アメリカ兵:
豊松、独房から出なさい。

他の独房の日本兵:
「やったね!豊松さん、出られるよ!」

「豊松さん、減刑おめでとう!」

「豊松さん、奥さんに感謝しなきゃ!」

おめでとう!
おめでとう!
おめでとう!…

豊松の祝福はいつまでも続きました。

豊松も笑顔で:
「皆さんお世話になりました!本当にありがとうございました!」

豊松が連れて行かれた先…
それは、処刑執行所でした。

豊松は…絶望します。
目の前は真っ白になり…やがて頭から黒い布を被せられます。
信頼関係が芽生え始めていたアメリカ兵の手も震えています。

そして階段を一段ずつ上がる際…
豊松は…

「房江、健一、直子、さようなら・・・
お父さんは死んで行きます。
お前達とは別れ、遠い遠いところへ行ってしまいます…

もう一度会いたい…
もう一度みんなと一緒に暮らしたい…
許してもらえるのなら…
手が一本、足が一本もげても、お前達と一緒に暮らしたい…
でも、もうそれは出来ません…
せめて、せめて生まれ変わることが出来るのなら…
いえ、お父さんは生まれ変わっても、
もう人間なんて嫌だ、
こんなひどい目にあわされる人間なんて…
牛か馬のほうがいい…
いや、牛や馬なら、また人間にひどい目にあわされる…

いっそのこと、誰も知らない、深い、深い、
海の底の貝…そうだ、貝がいい

深い海の底なら…戦争もない。
兵隊もない。
房江や健一、直子のことも心配することもない。
どうしても生まれ変わらなければいけないのなら。

私は貝になりたい…

この文章は…72年前の日本兵が遺書として書いた本当の文章です。

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